暇人・爺っつぁんの茶飲み話

クロード・ガニオン監督、窯出し初体験。

明後日(2006年3月3日)のKAMATAKI初公開を前に、カナダではてんやわんやの忙しさらしい。そのあたりの詳報は、暇人の画像掲示板の2月27日付のメッセージの中にあります。また、モントリオールの主要新聞・ラ・プレス紙の一面を飾っているというメッセージも入っています。フランス語ですが、ラ・プレス紙をご覧いただけます。カナダからは、連日嬉しいニュースが入っていますので、目がはなせません。

さて、2003年の1月に時計の針を戻します。

これはいつもの窯出し前の光景です。希望者と共に昼食をとり、その後窯出しをするのが習慣となっています。ガニオン監督にとっては初めての窯出しなので、ホームビデオで撮りまくっていました。(笑)食事中の会話は、この窯から出てくる作品の予想や、希望、過去の出来事など、人それぞれに会話を楽しんでいます。年齢も職業も異なる人が、ここでは一つになれるのです。共通の話題があるからです。昼食が済み、しばらくすると多くの人が窯場に集まってきます。

午後1時半ごろ、窯を開ける合図をし、窯に祈ります。そして窯の焚き口を閉めている蓋を開けるのです。全員の目が窯の焚き口を見ています。ガニオンさんは、窯開けの儀式、窯開け、その後の人の動きを追ってビデオ撮影に余念がありません。そして、時々窯開けに来ている人に質問をしているのです。ガニオンさんは日本語も話されるので、質問された人も快くその質問に答えています。そうしながらも、ガニオンさんは、窯開けの楽しい雰囲気と、作品の撮影に専念していました。

今窯から出たばかりの作品が窯の前に並べられ、その作品に見入っている人が多いので、窯の外でそれらの人が動くのを待っている人もいます。信楽の冬の寒さは、ガニオンさんが「カナダより寒い」と、言うほど寒いので、焚き火から離れられない人もいるようです。この写真の中央の作品は、大香炉です。この窯でのメインの作品で、基台、香炉本体、中に入っている火筒、火屋に分かれています。焼いた場所は火袋といって、薪を投げ入れるその場所です。言葉を換えると、投げ入れた薪が落ちる場所で、窯の中で一番高温になる場所でもあります。

全ての作品が窯から出された後、多くの人に手伝ってもらって、作品を陶房に運び入れ、そこで最終の仕上げをします。仕上げと言ってもほとんどは表面に付いた灰を落とし、作品の底の長石が溶けた部分を紙やすりできれいに落とす程度です。これらの一つ一つの手順、その時何をするのか等、細かくメモをし、ビデオに収めていく。前年の窯詰め、窯焚きから窯開けまで、一連の作業の全てを体験された映画監督はいないのではないか。一つの映画を創るのに、これだけの労力を厭われないクロード・ガニオン監督は、稀有な監督と言えるのではないか。その監督が撮影した映画「KAMATAKI窯焚」が、モントリオールを初めとして受賞を重ねていかれる理由はこの辺りにある、と‥‥。
2006年03月01日(水)  No.21 (映画::KAMATAKI(窯焚))

壊疽最終章?窯焚き日程決定。

ホメオパシーの治療を受けたのが昨年の2月20日だから、昨年の今頃はまだ車椅子にも乗れず寝室でひとり静かな時間を過ごしていた。この静かな時間は、寝室そのものの静けさと共に心の静けさでもあった。まだ痛みはあったが、それを受け入れ、治癒に向かっていることを実感しだした頃だった。既にドイツから送られてきたレメディーと治療用品で、目に見えて良くなっていくのが認識できた。ホメオパシーの治療を受ける前のマイナス志向からみると雲泥の差がある。
今現在、壊疽部分のほとんどは剥離し、左足小指の先と右足薬指にのみミーラ化した壊疽が残っている。他の指の全ての壊疽はきれい取り除かれ正常な状態に戻った。左足小指の壊疽が外れるのも時間の問題だ。そして今、最終と思える薬指が挌闘している。壊疽部分の外れまいとする力とその部分を外して正常にしようと言う挌闘だ。だから今薬指は戦場と化しているのだ。正規軍と壊疽軍の闘いは20日ほど前から始まった。正規軍(健康な体)は壊疽軍が城内に居残らないように排除しようとするし、壊疽軍はそのまま居残ろうとする。そして自然治癒力は、正規軍の応援をし、壊疽排除に掛かる。壊疽部分と正常な体は一つになっている。ちょうど傷が出来て治る過程において瘡蓋状になってその傷を覆っているようなものだ。完治すればその瘡蓋は傷口から剥がれて、その傷口は正常な体に戻っている。
今の状態は、その瘡蓋状の壊疽部分を強制的に排出しようとしているよなものだ。だから、その接合部からはリンパ液が出てきて、肉が盛り上がってくるので、痛みがある。今からだの中では、白血球もフルに働き、化膿するのを止めてくれている。そして薬指は、第二関節あたりに肉が盛り上がり、第二関節のところでおよそ6−7ミリ伸びてきているように見える。その分、壊疽部分も外に追いやられ、その接合部で下向きに曲がってきている。写真を載せようかと思ったが、余り綺麗なものではないのでそれは止しておく。いずれにしても、完治に近付きつつあるのは事実で、それまで暫くは痛みを受けいれるしかない。

そのような中で、窯焚きの日程が決まった。
4月9日から窯詰め、12日から窯焚き。10日間の予定で窯焚き。窯焚きが1−2日延びる場合もある。窯出しは4月29日午後1時半から(いつもの通り)。
2006年03月06日(月)  No.22 (医者嫌いが病に::壊疽)

久々の作陶に思う。

3月になり、ロクロノ前に座ることが多くなった。2年前の9月以来のことだ。2年前は 映画・KAMATAKIの撮影があり、その映画の撮影は、私の窯焚きの計画にあわせてもらった。つまり映画の中の窯焚きの光景は、紫峰の実際の窯焚きそのものなのだ。だから、映画を見れば、紫峰窯についてある程度のことがわかる人もいると思う。

その映画の撮影終了後、壊疽に罹り、轆轤に向かうことも出来なかった。幸いにも壊疽もほぼ完治し、指先も切り落とすことなく、正常な体に戻った。ほとんどの医師は奇跡だ、と、言う。事実、近代医学を捨て、その頃の担当医師からは、
「水を飲んで治るようなことはないので、もしもっと酷くなれば、いつでも来れば良い」と、言われたのです。その言葉に逆らって、自然治癒を信じる私は、医師の処方された薬、全てを捨て去り、このように元気になったのです。だからと言って、近代医学の治療を受けている人に、私のようにするように、と、言うつもりは毛頭ありません。

毎日、轆轤に向かうとき、心の底から喜びが涌きあがってきます。この感覚は今までに味わったことのないもです。自分が趣味で轆轤に向かっていた頃の気持ちに似ていますが、それとはまた異なった、心の底からの喜びなのです。

既に次回の窯に入れる茶碗は全て作り終え、明日からは他の作品に移ります。そして、造っている時、ふと気付いたことがあるのです。先のメッセージでも言ったように、今右足の薬指の壊疽部分と正常な体にしょうとする正常部分が戦闘状態にあります。本日の戦闘状況は、健常体が壊疽部分を少し押し出し、指先が大きく下向きに曲がってきました。だから当然痛みがあります。
その痛みを避けようと、今までは右足の先で轆轤の表面を回るように動かしていたのを、左足で動かしていたのです。人間の適応力はすごいものだと思います。そしてそれが不自然でもなく、昔からそうしていたように轆轤が回っているのです。

夕刻、映画・KAMATAKIのスチールカメラマン、文空氏が、私が作陶をはじめたのを知り来られたのですが、あいにく、仕事が終わったときでした。夜にでも造ろうと思っていたのが、来客、打ち合わせで、それも出来ませんでした。いずれにしても、近々文空氏より作陶風景の報告が、画像掲示板でご覧ただけると思います。

なお、窯出しは4月28日になりましたのお知らせいたします。
2006年03月09日(木)  No.25 (穴窯)

クロード・ガニオン監督、信楽に住みはじめる。

紫峰とクロード・ガニオン監督とが始めて会った翌年(2003年)の3月中旬、ガニオン監督は信楽に戻ってきた。そして、信楽の街中にある紫峰が育った家に居を構えることになった。暫くして数人の関係者が紹介された。その中に、製作のチーフ・伊藤女史や助監督の宮平女史が含まれていた。
私は信楽に生まれ信楽に育ったが、ガニオン監督は私より信楽に詳しくなっていった。多くの陶房を訪ね、信楽独特の雰囲気を持つ民家、景色等々、連日精力的に資料整理をされている姿が目に付いた。それを見て私は感じた。映画という一つの作品を作り上げるためには、想像を超える資料が必要だということを。
会うたびに彼は、信楽住民の考え方や、生活習慣、ここの人の生き方等、嬉々として話をしてくれた。それを聞いている信楽住民・紫峰が新しい信楽を発見するような気持ちになっていった。
我々は互いに共有する時間が多くなっていった。私は彼の頭の中で、彼が体験した全てが、彼の次回作と一つになっていくのを感じた。同時に、映画・KAMATAKIの概要がつかめてきた。
2006年03月13日(月)  No.27 (映画::KAMATAKI(窯焚))

窯焚きは4月11日から、よって超多忙!

昼間は訪問者の応対をする時間が多いので、どうしても仕事(作陶)は夜になる。今一段落してネットを見たら、ここの日記が週刊になっているのに気付いた。

今日も二人の訪問者があった。その訪問者の質問に、「造るときには何を考えていますか?」と言うことだ。質問されて初めて自分に質問してみる。「造るときには何を考えてるの?」と。つまり日常、無意識に仕事をしているので、何かを聞かれるたびに、それを復唱し、その質問の答えを探している。

先ず粘土を練り、その一部をロクロノ上におく。紐作りしかしないので、先ず底になる部分の土をロクロノ上に置き、その土を手のひらで叩いて一定の厚さにする。そして轆轤を少し回して、ロクロノ上の土を丸く切り残す。ロクロは手回し轆轤を使っている。この底の部分を切る時には、茶碗を造るのか花入れを造るのか、それとも他のものを造るのかは決めている。そして土を紐状にし、何段かに積み上げていく。一段一段の土をつまむようにして一定の厚さにしていくのだ。そしてこのあたりと言うところで積み上げるのを止め、箆を使って土の厚さを整える。この時点では形は整っていないし、頭の中にデザインも何もなく、考えもしていない。

土の厚さが一定になれば、スポンジで内外に水を付ける。ロクロを右に回し、外側は水にしたしたセーム側(鹿の皮)を左手であて、内側には右手を入れて下から上に土を挽き上げる。この挽き上げは一気なので、形を考える間もない。2度3度と挽くことはしない。この一気の引き上げで終了だ。そしてこの挽き上げのとき、茶碗などは内側に注意がいっている。つまり外の形には無頓着と言える。形を良くしようと言う気もないのだ。

私は質問を受け、そしてここにこれを書くために、どのようにして造り、どのように考えているかを知るために茶碗を挽いてみた。その答えが上のようになった。
2006年03月20日(月)  No.30 (穴窯)

ビジタリアンになってから‥‥。

ビジタリアンになって早や2ヶ月を過ぎた。それまでは、魚や牛肉、鶏肉や豚肉等々、野菜以外にも様ざまなものを食べていたが、今は、牛乳やヨーグルト、大好物の卵もやめてしまった。連日仕事に明け暮れているので、今日は骨休めと言うことで、家内と買い物に出た。日本では、ビジタリアンが外食をする時、注文するのに困る、と一般に言われているが、それほど困ることはない。今日は、狸そば(関西では、そばに油揚げの乗っているも)と野菜サラダを頼んだ。野菜サラダにはかっての大好物が乗っていた。ゆで卵だ。

家内の姉妹が集まると、よく話題になったのが、ゆで卵の話だ。結婚前、家内の家を訪問すると、いつもゆで卵が山と積まれていた。それを一人で全部食べた、と言うのだ。2パック、つまり20個の卵を。そのせいだけでもなかろうが、その後、糖尿病になった。

そのゆで卵がサラダに乗っていたが、最初にそれを家内の皿に移した。その時家内が言った。「これが出来るから糖尿も治ったのよね。」と。

最近は深夜の仕事が多いので、夜10時ごろに野菜ジュースを食べることにしている。食べると言うと変に聞こえるが、野菜をすり潰しただけのもだから、食べると言うのが適切だろう。これは私の大好物になったものの一つだ。このブログの最初に書いた、私の師匠・別府信空上人を訪ねた時、奥さんが造ってくれた野菜ジュースの美味しさに感動したのが始まりだ。その時聞いたジューサーを探していたところ、偶然にもオークションに新品が出ているのを見つけ、落札した。3000円ちょっとの買い物だった。定価の1割5分ほどの買い物だから、大いに気を良くした。

これに、キャベツ、カイワレ、かぶら大根、菜花、セロリ、パセリ、りんご、小松菜、水菜、ピーマン、パプリカ、オレンジ、トマト、ヤマノイモ等々、十数種類の野菜果物を入れ、ジュースにする。ジュースといってもすり潰しているだけだが、感触はジュースなのだ。毎日、およそ250グラムほどのジュースを食しているが、カロリーは数十キロカロリーだから、この上ない健康食と言える。

この野菜ジュースに自家製の寒天をいつも食べている。寒天は昼のおやつの時間や、小腹が空いた時など、適宜食べる。この寒天には、砂糖の代わりにマービーという甘味料を使い、中には、蒸し小豆を入れている。いまや寒天は、来客には恐れられる存在になった。また食べさせられると。
なお、ビジタリアン食は、栄養的には全く問題はなく、最近体重も増加してきている。また、メールで質問が多いのは、糖尿には?と言うことだが、今はほとんど正常値になってきた。いずれ後日、書く予定だが、一日2度、昼食後2時間値と夕食後2時間値を計測している。そして10日に一度は、寝起きの早朝空腹時、朝食後2時間値、昼食後2時間値、夕食後2時間値の4回の計測をしている。時々だが80台の血糖値も見られるようになり、まさにビジタリアン効果と言うべきか?

2006年03月24日(金)  No.33 (日記)

何を食べてるの?

このような質問が数人の方からあった。別に公開するほどのものではないが、熱望されたのでここに‥‥。
この右の写真は昼食です。下から一番左は玄米のお粥。真ん中は15種類以上の野菜が入った味噌汁。右はかぼちゃと白ねぎの焼き物。上の左はさや豆ともやしの炒め物。豆腐、たけのこの煮込み(好物)。最後にかぶら大根の酢漬け。この他に毎食、亜麻の実をすり鉢ですって10グラムを食べます。
この中の味噌汁には、数種類の青野菜や、人参、大根、きのこ、油揚げ、麩、等々が入っていて、量も大きな器に入っているので、女性の方にはこれだけで十分でしょう。

夕食には左のものを食べました。手前左から、玄米ご飯、大味噌汁、湯葉の刺身、味付け海苔。上の左から、亜麻の実(20グラム)妻も食べている(すり鉢でする前)。野菜、大根、とまと、などのサラダ。これにはオリーブオイルを10グラム掛けて食べる。その右はたけのこの煮つけとかぶらの酢の物。
献立は毎日変わり、変わらないのは昼のお粥と夕食の玄米飯、味噌汁に亜麻の実。これだけは変わらない。他に、納豆や緑豆も食べている。

朝は、木の実が主体だ。ノルウェー産のはと麦のブレッドをご飯代わりに食べる。その他に、クコの実、乾燥納豆、松の実、炒り大豆、アーモンド(生)、カシューナッツ、くるみ、ペスタチオ、ヘーゼルナッツ、天日干し落花生。これらを全部で50グラムほど食べれば、総カロリーは500キロカロリーを超えるので、朝食には十分でしょう。

今は、ホメオパシーで大好物のコーヒーとミントが禁じられている以外は何を食べてもいいのですが、牛乳やヨーグルトも止めました。でも、以前は、ビジタリアンの人が来たときは困っていたのは事実です。妻などは、食事の準備をどうしたらよいのか分からないと言っていました。ですから私も、人に迷惑を掛けないビジタリアンになろうと思っています。拘らないで気楽にいきます。グルメグルメと言われている現在、このような生活をしている人間もいるのです。
2006年03月27日(月)  No.34 (日記)

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