暇人・爺っつぁんの茶飲み話

Surly サーリーは京都銀輪で……。

爺っつぁんの自転車歴はまだ浅い。確か2002年の秋頃、某オークションでマウンテンバイクを落札したのが事の始まりだった。還暦を迎え、安全には殊のほかうるさい爺っつぁんが、先ず買ったのがヘルメットだった。買った自転車が1万5千円、ヘルメットが2万5千円だったので、皆の笑いものになった。そんなことはかまわず、爺っつぁんは、連日マウンテンバイクに乗り、信楽の街の中や田舎道を楽しんでいた。しかしその後壊疽に罹り、しばらく中断していたが、ほぼ回復した昨年10月頃から再び、自転車に溺れていった。

ママチャリなみのマウンテンバイクに嫌気がさし、草津のアヤハで見たGiant OCR3を昨年、衝動買い。その後、フェルトF55を買い求め、スペシャライズド スコイヤ エリートを買った。この頃から、自分で自転車を組み立てたくなり、スコットのCR1ティーム イッシューのフレームを買い、部品を買い集めて組み立てたのはまだつい最近のことだ。その詳細はこのブログの少し前に書いた。それぞれの自転車を交互に乗り、歳相応の楽しみ方をしているが、最近ふと気がついた。ひょっとして自分は、雑誌や他の情報に踊らされているのではないかと。

マウンテンバイクにしろロードバイクにしろ、いまや如何に軽くし、如何に高速で走れるかに重点がおかれ、自転車に乗る人の目的や各自の思いは蚊帳の外に置かれているように思われる。ここに組み立てたスコットなどは、世界最軽量のフレームであり、事実国際的なレースでも使われている自転車である。しかし、爺っつぁんの足はそれほど強くはなく、またレースに出たいなどとは思ったこともない。そのような爺っつぁんには無用の長物だ。
自転車は鉄に始まりアルミ、チタン、そしてカーボンにまで行き着いた。いくら軽くなっても、スピードが出ても爺っつぁんの目的はただ乗ることを楽しむことだけだから、そのような高機能は必要ない。そのように思えてきた。

その時脳裏に浮かんだのがサーリーと銀輪だった。何で見たのか記憶にない。記憶によると、世の風潮にかまわず、クロモリを頑として守り、乗って楽しく、乗り倒しても潰れないバイクを目指している、という。そして銀輪の店主は、そのサーリーの言葉そのままに、楽しめるバイクの殉教者のごとく思い込んでいる。思い込んでいると言うのは、まだ会っていなかったからだ。しかし不思議にサーリーと銀輪が爺っつぁんの中ではひとつになっていた。
爺っつぁんがサーリーに興味を持ったのは、懐古主義からではない。ランドナーやロックンロールが流行った頃の爺っつぁんは、貧乏のどん底にあり、そこから這い上がらねば、と、世の流行には全く無頓着な時代だったから、その頃の世の動きは全く記憶の外にあったのだ。事実ビートルズのことを知ったのは、1990年頃のことだったのだから。(拙著「炎の声 土の声」「炎の縁 人の縁」参照。)

サーリーと銀輪と言う自転車店の記憶があったので、すぐにインターネットで調べてみた。思っていた通りの自転車であり店主の考えにも同感できた。そこで先週の金曜日(8月25日)京都に向かった。銀輪の住所は控えていたが、爺っつぁんは、京都郵便局から堀川通に向かって少し歩き、右(北)に曲がって左側のビルを探していたが、見当たらない。何故かこのあたりにあったような気がしていたのだ。
そこで、ちょうど消防士に会ったので道を尋ねると、近くではあったが、全く違うところに銀輪があった。

看板はあるが入り口がない。1階はレンタサイクルだから、そこで聞いてみた。すると、「この奥の黒い扉を開けると階段があるのでその2階が銀輪です」と、言われた。黒い扉に何も書いていないので、開けて入るには勇気がいる。階段を上ったところの部屋の扉が開いていて、数足の履物が脱いであった。中を見ると、自転車が有る。
「間違いなくここだ!」
そっと中に入った。一人の青年が自転車を見ているが、振り向きもしないので店主ではないようだ。左側の少し奥まったところで、コンピューターに向かって何かしている青年がいる。爺っつぁんは声を掛けた。すると、「ゆっくりご覧下さい。私は一人で何もかもしているので、もし聞きたいことがあればいつでも声を掛けてください。」
そして彼は再びコンピュータに向かった。爺っつぁんは、十数台並べられているサーリーのみを見て回った。完成車もあるので、サーリーの雰囲気はほぼわかる。爺っつぁんが見たいと思っていたのは、ロング ホール トラッカー(長距離輸送のトラック運転手)という自転車だ。それが見当たらないので、店主に聞いてみた。すると、そこに掛かってますから、と、窓際の天井を指差した。心なしかホイルベースが長い。乗り心地も良さそうだ。そこで店主に、爺っつぁんの脚力は弱いこと、いつでも気楽に乗れ、楽しく乗れて耐久性のあるバイクとしてロング ホール トラッカーを考えていることを話した。その青年は自転車の楽しさをとつとつと話した。知らず知らずのうちに爺っつぁんは自分の希望を話していた。その間も話しながらコンピュータに向かっていたが、しばらくするとお茶を入れてくれ、向き合って話し合っていた。そして爺っつぁんは思った。この青年は無欲で仕事をしてるな、と。高価なものは要らない、必要があればそれを付ければ良い、と言うのが彼の言だ。そして、クロス チェックと言う自転車についても話が及んだ。そのとき彼は言った、「それをもつなら今ある全ての自転車を処分されればどうですか」と。それを聞いて爺っつぁんははっとした。この男、信用できる、と。
爺っつぁんは名刺を出した。彼の名刺には**無我と書かれていた。彼は坊主なのか?それは定かでない。聞いていないのだから。
ロング ホール トラッカーを組み立ててもらうとして、見積もりは?と聞いたところ、数分待って欲しい、という。既に爺っつぁんの要望は全て聞き入れていたのだ。
爺っつぁんは、無我青年が好きになった。すぐに注文した。10日ほどで出来上がりますと言う。そして昨日、今日とメールがきた。シフトのWレバーが9月中旬まで入らないと言う。待ち遠しいが仕方ない。全ては彼に任せているのだから、出来上がるのを楽しみに待つことにする。
爺っつぁんの弟子にも素晴らしいのもいるがこの青年との出会いも、爺っつぁんの心を和ませてくれた。いずれサーリーのロング ホール トラッカー(長距離輸送のトラック運転手)が手元にきた時、その詳細を報告することになるだろう。
2006年09月01日(金)  No.62 (趣味::自転車ツーリング)

のんびりとサイクリング。

今日(3日)の夜、文空さんと旭さんが写真を撮りに来てくれた。話の中で、京都自転車処・銀輪の話が出た。文空さんが一昨日の爺っつぁんのブログを見てびっくりしたというのだ。と言うのは、1ヶ月程前より、銀輪のホームページを見ていて、銀輪オリジナルの「インター8」内装変速機に興味を持っていた、と言うのだ。これも不思議と言えば不思議な話だ。そして彼は、店主の名前も覚えていた。

それはさておき、爺っつぁんは今朝も愛車Scottに乗って信楽から伊賀方面に散歩。桜峠にさしかかり、以前から気になっていた「中興了源上人遺跡」に立ち寄ることにした。右の石碑は桜峠にあるパーキングの端にあるが、いつもは見落としているところだ。
このアスファルトの道を10数メートル奥に行くと、道は右に折れていて、そこからは細い地道になっていた。鬱蒼と繁った杉木立を分けるように細い道が続いている。石ころ交じりの小道を登りきると急に下りになった。少し先に何か看板が見える。そこには、「了源上人遭難の地」、と書かれていた。遭難の地、とは物騒な話だ。爺っつぁんの好奇心に火がついた。爺っつぁんにとって了源上人の名を聞いたのは初めてだ。浄土宗にそのようなお上人が居られたのか?否。

その説明書きによると、この地は伊賀市指定文化財になっていると言う。
「建武2年(1335年)の12月8日、京都仏光寺の了源上人が、伊賀地方布教の帰途、この七里峠(桜峠)において、弟子の善了と共に殺害された場所で、上人は死に臨み「我の死は宿業なり、この者を罪するな、彼は懺悔の心あり、よろしく後世を教えよ」と書き終え、亡くなったと言う。遺骸は上野市佐那具の了源寺に葬られた」と書かれている。
又別の石碑には、「了源上人ご殉難の地。 了源上人は真宗仏光寺第七代の宗主にして 親鸞上人の念仏のみ教えを関東より東海・関西に広められ、建武2年12月8日、ここ七里峠、桜峠にて法難に遭われた。上人は死を間近にし、流れる血潮でもって我が衣の袖に「吾死宿業 コノモノヲ 罪スルコトナカレ 四心ノ気アリ ヨク後生ヲ オシユベシ」との言葉を遺された。

このお墓に合掌し、命を掛けてお念仏を広められた上人に思いを馳せた。この墓地周辺は綺麗に清掃され、墓地の反対側には、休憩所のようなものが作られていて、ここに腰を降ろして当時を思うことが出来る。いつもは自動車で走っているので、このような静かな場所さえも気付かなかったが、自転車と言う、のんびりの散歩の素晴らしさを噛み締めた一日だった。峠の上りでは息を切らせて自転車を漕ぎ、その峠を登りきった時の充足感は何物にも替え難い。それは、自分の持てる力で上り切ったという充足感でもあるのだろう。また、上り切った後にくる、下りの爽快さのためかもしれない。

爺っつぁんは、桜峠と言うのは今ある国道422号線だと思っていた。しかし、この地が桜峠で、昔の人がこのわき道を歩いていたと思うと、本当の昔の桜峠は、今の状況とは全く異なるものであったことがうかがわれる。大小さまざまな石ころのある、歩くのも困難な急な坂道が、桜峠だったようだ。この先の小道が何処まで繋がっているのか、確かめてみたい気になってきた。今お願いしているサーリーが届けば、それで探索することにしようと思う。そこに付けるタイヤは26インチの1.75だから、大丈夫だろう。又楽しみが増えてきた
2006年09月03日(日)  No.65 (趣味::自転車ツーリング)

Surly サーリー、ロング ホール トラッカーがあれば……

数日前、ある宴席で息子が、「最近運動不足だから何か身体を動かすことをする予定だ」と言う。爺っつぁんの答えは決まっている。「自転車に乗りなよ」。その翌日、彼は自転車を取りにきた。今手元にあるのは、FELT F55、スペシャライズド セコイヤ エリート、Scott Cr1 Team Issueの3台だ。「どれでも好きなものを持って行って良いよ」と、言ったら、彼は、Felt F55を選んで持って帰った。そして、早速乗って楽しんでいるらしい。これで一人の自転車ファンが誕生したことになる。

話は変わるが、一昨日インターネットで依頼しておいたMap Mouse Lingoが届いた。これは地図の縮尺を入力し、道路に沿ってなぞるとその距離を計測してくれると言う優れものだ。毎晩、翌朝の自転車のコースを決めるので、その日の体調等を考えコースと距離を決定できる。その決定したコースを今日は走ってきた。陶房を出発し、国道307号線から422号線に入り神山に向かい、神山から県道5号線で北新田から槙山に向かった。

北新田の一角には「右、上の いせ 左 まき山」道標が立っている。このような道標や石碑は、信楽のあらゆるところにある。途中自動車に会えば自転車から降りないと行き交えないほど狭い所もあった。その場所が渓谷になっていて、天気は良いのに道路も濡れ、素晴らしい景観をなしていた。いずれ写真に残しておく予定だが、今日は撮る事が出来なかった。ちょうどその場所で道路工事の自動車が止まっていたからだ。5号線の峠を越え、軽快に下っていくと伊賀の槙山に着いた。

このあたりは既に稲刈りが始まっていたが、1反ほどの小さい田圃に案山子が並んでその田圃を見張っていた。爺っつぁんを迎えてくれているようでもあった。ここからしばらくは、軽快そのものだった。しかし、槙山を過ぎ、伊賀の石川に向かっている時、爺っつぁんにとっては壁かと思えるような急坂が目の前に現れた。この峠がどれほどあるのかわからない。しかしこの峠を越えなければならない。呼吸はゴーゴーゼーゼーと悲鳴をあげている。心拍計を見ると、爺っつぁんの最高心拍の90パーセントになっていた。そして足の筋肉はパンパンに張ってきている。気持ちでは一生懸命にペダルを踏んでいるが、非情にも自転車はその動きを止めた。自転車から降り、ゼーゼー言いながら、お茶を飲んだ。うまかった。
しばらくすると、レース用ジャージーとレーパンをはいた10名ほどの一団が爺っつぁんを横目にその峠を登ってきた。全員ダンシングだ。軽々と登っていくのを見て、「すごいな」と独り言を言っていた。爺っつぁんにはシッティングしか出来ないのだ。最高心拍の90パーセントを越えている爺っつぁんには無理と言うものだ。この時思った。いま京都の銀輪に組み付けを頼んでいるサーリー、ロング ホール トラッカーがあれば、と。Surly Long Haul Truckerはいつも気楽に乗り旅にでも出られる自転車だから、峠越えも楽なように、前は3枚で44、32、22tでスプロケットは11−32の組付けを頼んでいる。これが届けば、今一度このコースに挑戦してみよう、と思う。数回の休憩を入れてこの難所を越えることが出来た。足は既にパンパンにはっていた。だから、桜峠を越えるにも2度の休憩が必要だった。いつもの事ながら、走り終えて陶房に戻った時の充足感は何物にも替え難い。
2006年09月08日(金)  No.66 (趣味::自転車ツーリング)

自転車の魅力。

 最近の爺っつぁんホームページのいたるところが、自転車談義になっている。人は爺っつぁんのことを、自転車推進宣教師と言っているらしい。そう言えば今日も、倉敷から琵琶湖一周自転車旅行に参加したしたいと言う母娘がきた。参加したいと言うのは娘さんで、お母さんも自転車に乗ることを真剣に考えていると言う。そしてここに来る前に立ち寄ったところでも、自転車を始める、と言っていたらしい。勿論爺っつぁんの親しい人だ。

自動車で移動していた頃には気付かなかった、様々なとこに、興味が行くようになった。以前信楽の歴史に興味があった頃には、その地を訪れ、古き時代に思いを馳せたものだが、今は自転車で走っていて見つけた場所の、歴史を調べる、という楽しみも増えた。この楽しみを味わうには、自転車ぐらいのスピードが一番良い。そして身体にも良いことは言うまでもない。この轡池のことに付いては、爺っつぁんがまだ幼かった頃、爺っつぁんの祖父から聞かされていた。爺っつぁんの母の実家がこの中野地区だったからだ。

つい先日まで、自動車に乗って、そのエンジンのパワーに任せて楽々と上っていた峠を、今は、息を切らせて上っていく。そして急な峠になると、自分の脚力の限界がきて、止まらざるをえない。しばらくは肩を上下させゼーゼーと息を整える。心拍計は最大心拍数の90パーセントになっている。しかし、ほんの1-2分で、心拍は50−60パーセントほどに落ちてくる。それを見て、再び挑戦する。今走っている範囲の峠では、2-3度の休憩で殆ど上り切ることができる。その時の達成感! これは何物にも替え難い。

峠を上り切ると、次に来るのは下りだ。田舎の空気を胸一杯に吸い、草木の匂いを含んだ風でジャージが膨らむ。長く辛い上りの後には、長く楽しいドライブが待っている。ペダルを踏まなくても時速45キロを越えることもある。このような時、爺っつぁんは田舎者でよかった!と、つくづく思う。都会の人は、この田舎の空気、風を求めて信楽までやってくる。爺っつぁんが自転車で走っていると平日でもロードバイクに乗った数人の人と出会う。数人の人は挨拶をして通り過ぎていく。嬉しいものだ。そして同じ趣味を持つもの同士、かくあらねばと思うことしきりだ。
2006年09月15日(金)  No.67 (趣味::自転車ツーリング)

まだ、まだ……。

きょうは敬老の日で、爺っつぁんも我が子夫婦の招待でレストランでの夕食を孫二人共々楽しんだ。今日も自転車で走っていると、村々の公民館では、紅白の幕をはり、敬老の日祝賀開場という看板を上げて、何かをしているようだった。

天気の良い土曜日や日曜日には、自転車でツーリングやロードバイクの練習、ポタリングに多くの方が信楽方面に来られる。聞くと奈良や京都、三重県からも……。今日も祭日で台風一過、天気が良かったので多くの自転車に出会った。
爺っつぁんが息せき切って坂をこいでいると、「こんにちわ〜!」と声を掛けて、爺っつぁんを追い抜いていく若者がいた。一昔前の爺っつぁんならば、人に負けるのが嫌いだったので、こんなことは許せなかっただろう。ところが今は、若者よ頑張れ!と声援を送りたくなる。

今の爺っつぁんには、他の人との競争をする気は全くなくなった。壊疽に罹かり、全快した時、他との競争には限りがないことを知ったのだ。それよりも、自分の今を認識するほうが楽しいことを知った。昨日上れなかった坂を休み無しで上れたときなど、自然と笑みがもれてくる。

先週の土曜日、爺っつぁんが追い越した一団(4名)があった。爺っつぁんが追い越すなんてことは珍しい。そして、少し先で休憩している時、その一団が目の前を駆けていった。3人の若者と、爺っつぁんよりも相当年上と見られる爺さんのグループだった。時速10キロまでのゆっくりしたスピードで走っていた。お爺さんを真中に、3人の若者が取り囲むように走っていた。それを見た時、爺っつぁんの目指していた自転車はこれだったのだ!と、思った。早く走るのでもなく、周りの景色を見ながら楽しんでいるのだから。

このようにゆっくり走りながら楽しんでいるライダーもいるし、自己の限界に挑戦し可能な限り早く走って楽しんでいるライダーもいる。また、他の楽しみ方をしているライダーも沢山いるだろう。爺っつぁんは、周りの景色を楽しみ、その地の匂い、その季節の匂いを感じながらのんびりと走りたいと思っている。そのように感じた時、今までの自転車の選択に誤りがあったことに気付いた。幸いなことに、スコット以外の自転車は、知人が乗ってくれている。そして、先月、京都自転車処、銀輪に、サーリー、Surly のロング ホール トラッカーをお願いしているのだ。まだ一部部品が届かず完成していないが、今月中には間に合うだろう、と思う。この自転車こそ、爺っつぁんの考えている自転車だ、と思えてきた。いずれこれについての詳細はここに書く。

一部の人は、ロング ホール トラッカーよりもクロス チェックを薦める人もいるが、爺っつぁんにはロング ホール トラッカーがピッタリなのだ。いずれこれについてもここに紹介したい。それは爺っつぁんの美意識に基づいている。つまりは、未完成の美を感じるのだ。
2006年09月18日(月)  No.68 (趣味::自転車ツーリング)

何のため、誰のための「もどき」??

今日9月22日、爺っつぁんの親友の一人、宝国寺の住職、永田上人が他の用件もあり、自転車を引き取に来てくれた。これで手元に残るのはScott一台。自転車の部屋にあるのはただ一台。何か淋しそうだ。でも、ちょうど1ヶ月ほど前、京都自転車処、銀輪にサーリー Surly の ロング ホール トラッカーを注文しているので、間もなくこの部屋も2台になることは間違いない。出来上がりを待つのも楽しいものだ。サーリーが来れば、殆ど毎日このサーリーに乗ることになるだろう。

ところで、殆ど毎日、爺っつぁんは自転車に乗り、信楽の近郊を走り回っている。出来るだけ異なった道を走るようんにしているが、度々走る道もある。そのひとつに、信楽の隣町、京都府の南の和束というところにしばしば行く。そして、休憩するのに良い場所が、ここ、湯船森林公園だ。この公園の入り口にはいつもロープが張っていて、中に入ることはない。しかしロープの中を見るために、ロープをくぐって中に入った。ここに掲載した写真がその全てを物語っている。

この公園がいつ頃出来たのかは知らないが、森林公園と名付ける以上、もっと自然そのものの姿に出来なかったのか、と思う。公共事業費の垂れ流しの歪んだ姿がここにもみられる。
小川も、滝らしきものも、そして橋までもコンクリートで塗り固められている。たぶん魚もいないだろう。
森林公園という名前だけを見て、子供と共に自然に触れよう、とわざわざここまで来た人の期待を裏切る結果となろう。

この公園は相当広範囲な山や谷を切り崩し、このような施設を作っている。しかし一昔前には、有り余った金の使い道の一番使いやすい方法が土木事業だったことは、誰もが認めるところだ。このような無駄な公園や、無駄なダム、干拓、農業道路、等々数えればきりがない。
爺っつぁんが子供の頃は、小川で魚取をしたり、水浴びをしたりしたものだ。田圃の回りのあぜ道に沿う小川では、その泥を鍬で畦に上げ、鍬の背で泥を平らに引き伸ばすし、どじょうを捕った記憶が甦る。今の子供にはこのような体験も出来なくなったのだろうか。それとも爺っつぁんの……。

せめてこの橋は木で作ってもらいたかった。まさしく木もどきの橋だ。そう言えば、最近木で作った橋を見る機会が少なくなったように思う。田舎の小川にかかる橋や大きいものでは木津川に架かる全長356.5m、におよぶ「ながれ橋」を見るほかないのだろうか。爺っつぁんの孫には、蔦を練って作ったつり橋や、小川にかかる木の橋、石の橋を見せたいと思う。それが爺っつぁんの懐古主義と言われようとも。
2006年09月22日(金)  No.69 (趣味::自転車ツーリング)

早いものですね……。

Surly Long Haul Trucker (サーリー ロング ホール トラッカー)を京都の銀輪に注文して、早や1ヶ月になろうとしている。納車が遅れているのは仕方ないことで、出来上がりを見る夢が長引いているだけだ、と思っている。銀輪店主にしても早く完成させたがっているのだが、シマノのWシフトレバー SL-7700が欠品中で、9月中旬の商品出荷予定がまだ送られてこないためだ。

爺っつぁんがサーリーに興味を持った理由は以前に書いたが、その中でもロング ホール トラッカーに興味を持った最大の理由は、アンバランスの美しさだ。爺っつぁんの創る伊賀ほどに歪みはないが……。何しろホイルベースが他のバイクに比べると相当長い。そのフレームに700cより一回り小さい26インチのホイルが付く。爺っつぁんの体格ではこのホイルしかつかないのだ。だから、爺っつぁんのイメージとしては短足の胴長バイクということになる。つまり、可能性を秘めた美が爺っつぁんの作品なら、この Surly Long Haul Trucker に爺っつぁんがのめりこむのは当然のことだろう。多くのサーリーファンがクロス チェックを選ぶのに反し……。
又実車が届き次第、詳しく報告する予定。
2006年09月24日(日)  No.70 (趣味::自転車ツーリング)

サーリー完成!

昨日(9月28日)、京都銀輪にお願いしていたサーリー ロング ホール トラッカーが完成した。
注文したのは8月25日だったから、1ヶ月と少しかかったことになる。その訳は前に書いたとおりだ。幸いにもこのブログに完成が遅れている理由を書いたところ、まだパソコン通信をしていた頃の友人が、シマノのWレバーを送ってきてくれた。改めて御礼を言いたい。そのお陰で今回のサーリーの完成を見たのだ。

まだ車体の色や雰囲気も見ていないので、昨日Wレバーを持って銀輪を訪ねた。銀輪は京都駅の近くの 京都サイクリングツアープロジェクト(KCTP)の2階にある。KCPTの中に入ると、店の奥で銀輪店主、雨森さんが爺っつぁんの自転車の組み立てをしてくれていた。一つ一つ時間を掛け丁寧に組みつけてくれているのを見て、この店主への信頼を改めて深くした。

初めて見る爺っつぁんの愛車 Surly Long Haul Trucker (長距離輸送トラック野郎)は、文字通りのトラック野郎だ。色は青磁グリーン。予想通り、ホイルベースが長く、ホイルが26インチ1.5とロードバイクの700cより一回り小さいので、シートチュ−ブと前輪、ダウンチュ−ブと後輪の間隔が相当に大きくなっている。この胴長短足の雰囲気がすこぶる良い。それでいて26インチあるのだから、乗り心地はゆったりとしたものだろう。爺っつぁんは、多くの弟子を抱え、その何人かは独立して、現在陶芸界で活躍している。その弟子に、自分の創る作品を完成させてはだめだ。ここをこうすれば完成する、と思えば、そこで手を加えないことが作品を大きくする。もしそこで完成させれば、その作品はそれだけのものでしかない。つまり、見る人に完成した姿を連想してもらうことにより、見る人各々の作品が出来、その作品は日に日に大きくなっていく。だから、完成一歩手前の作品を目指すように、と、語ってきた。それと同じような美しさがこのサーリーには見られるのだ。
爺っつぁんは雨森氏に尋ねた。
「この Long Haul Trucker はあまり売れていないのでは?」と。
「これで3台目です。多くの人はサーリ−のクロスチェックを好まれるようです。」と雨森氏。
これを聞いた時、さもあらん、と思った。そして嬉しくなってきた。爺っつぁんはこれまで、自転車に関しては完成されたものを追い求め、最終はスコットのCr1 チーム イッシューを乗り回していた。しかし、何か釈然としないものが残っていた。そして、サーリーに会ったとき、これだ、と思った。自分の求めているものはこれなのだと。それで即注文をした。完成した自転車の素顔は、この右の写真だ。写真は良くなかったが雰囲気は掴んでもらえるだろうと思う。そして、先ず撮影前にスタンドを取り付けた。この夜、この完成自転車に、多くのものをくっつけた。日常いつも乗れるように、ママチャリ化するためだ、と言うより、爺っつぁんの自転車にするためだ。

この自転車は1970年代のランドナーに似ている。シフトレバーはWればー、サドルはブルックスの本皮製だ。そして泥除けとキャリヤーを取り付けた。キャリヤーは日常乗りとツーリングには必要なものだ。キャリヤーの後ろには、大きなバックライトを取り付けた。安全のためには是非必要なものだ。サーリーのロング ホール トラッカーには、ボトルケージ用のダボが3箇所ついている。この最下段には雨具をまとめて入れている。他のボトルケージには緊急用工具ボトルとお茶を入れている。また、フロントバッグにリキセンカウルを取り付けた。この写真を撮るのに蓋が開いたままになっている。ごめん。

ライトにはランドナーの雰囲気を持った流線型のライトで、これが非常に明るいのには驚いている。また、バーエンドにはバックミラーをつけている。今までの自転車の全てにバックミラーを付けたが、このバーエンドに付けるタイプが最も気に入っている。ことにこのドロップバーが、バーエンドがハの字型に開いているので、より良くバックを確認することが出来る。そしてフロントフォークに付いているのがポラールのサイクルコンピューターだ。心拍計、速度計、ケーデンス(ペダル回転数)付だ。ケーデンスと心拍計を一番良く使っている。

今日は初乗りをした。Wレバーを使うのは初めてなので、最初はちょっと戸惑ったが、すぐに慣れた。およそ50キロほど走ってみた。ちょうど爺っつぁんの主な蛋白源、豆腐が切れたので、伊賀まで豆腐を求めて。ここまで休み無しに来たので、桜峠の手前で休憩。やはり、クロモリのフレームなので乗り心地は良く、その上、26”1.5のタイヤを履いているので、今までの自転車では味わえない感触を味わった。特に、アスファルトが痛み亀の甲羅のようになったがたがた道も、それほど振動することなく、快適そのもの。ただ、ブルックスの皮サドルが爺っつぁんを痛めつけた。聞くところによると、使い込めば爺っつぁんに合ったサドルに変形するとか。それがいつになるのか、楽しむことにする。

いずれにしても昨日までは、どのような自転車が出来るのか、待つ楽しみがあった。完成した今は、その自転車に乗る楽しみがある。爺っつぁんは、自転車と言う単純で自分の力のみに頼って、遠くまで行ける乗り物に会えたことに大きな喜びを感じている。これは何物にも変えがたいものになる予感がする。
2006年09月29日(金)  No.73 (趣味::自転車ツーリング)

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