爺っつぁんの自転車歴はまだ浅い。確か2002年の秋頃、某オークションでマウンテンバイクを落札したのが事の始まりだった。還暦を迎え、安全には殊のほかうるさい爺っつぁんが、先ず買ったのがヘルメットだった。買った自転車が1万5千円、ヘルメットが2万5千円だったので、皆の笑いものになった。そんなことはかまわず、爺っつぁんは、連日マウンテンバイクに乗り、信楽の街の中や田舎道を楽しんでいた。しかしその後壊疽に罹り、しばらく中断していたが、ほぼ回復した昨年10月頃から再び、自転車に溺れていった。
ママチャリなみのマウンテンバイクに嫌気がさし、草津のアヤハで見たGiant OCR3を昨年、衝動買い。その後、フェルトF55を買い求め、スペシャライズド スコイヤ エリートを買った。この頃から、自分で自転車を組み立てたくなり、スコットのCR1ティーム イッシューのフレームを買い、部品を買い集めて組み立てたのはまだつい最近のことだ。その詳細はこのブログの少し前に書いた。それぞれの自転車を交互に乗り、歳相応の楽しみ方をしているが、最近ふと気がついた。ひょっとして自分は、雑誌や他の情報に踊らされているのではないかと。
マウンテンバイクにしろロードバイクにしろ、いまや如何に軽くし、如何に高速で走れるかに重点がおかれ、自転車に乗る人の目的や各自の思いは蚊帳の外に置かれているように思われる。ここに組み立てたスコットなどは、世界最軽量のフレームであり、事実国際的なレースでも使われている自転車である。しかし、爺っつぁんの足はそれほど強くはなく、またレースに出たいなどとは思ったこともない。そのような爺っつぁんには無用の長物だ。 自転車は鉄に始まりアルミ、チタン、そしてカーボンにまで行き着いた。いくら軽くなっても、スピードが出ても爺っつぁんの目的はただ乗ることを楽しむことだけだから、そのような高機能は必要ない。そのように思えてきた。
その時脳裏に浮かんだのがサーリーと銀輪だった。何で見たのか記憶にない。記憶によると、世の風潮にかまわず、クロモリを頑として守り、乗って楽しく、乗り倒しても潰れないバイクを目指している、という。そして銀輪の店主は、そのサーリーの言葉そのままに、楽しめるバイクの殉教者のごとく思い込んでいる。思い込んでいると言うのは、まだ会っていなかったからだ。しかし不思議にサーリーと銀輪が爺っつぁんの中ではひとつになっていた。 爺っつぁんがサーリーに興味を持ったのは、懐古主義からではない。ランドナーやロックンロールが流行った頃の爺っつぁんは、貧乏のどん底にあり、そこから這い上がらねば、と、世の流行には全く無頓着な時代だったから、その頃の世の動きは全く記憶の外にあったのだ。事実ビートルズのことを知ったのは、1990年頃のことだったのだから。(拙著「炎の声 土の声」「炎の縁 人の縁」参照。)
サーリーと銀輪と言う自転車店の記憶があったので、すぐにインターネットで調べてみた。思っていた通りの自転車であり店主の考えにも同感できた。そこで先週の金曜日(8月25日)京都に向かった。銀輪の住所は控えていたが、爺っつぁんは、京都郵便局から堀川通に向かって少し歩き、右(北)に曲がって左側のビルを探していたが、見当たらない。何故かこのあたりにあったような気がしていたのだ。 そこで、ちょうど消防士に会ったので道を尋ねると、近くではあったが、全く違うところに銀輪があった。
看板はあるが入り口がない。1階はレンタサイクルだから、そこで聞いてみた。すると、「この奥の黒い扉を開けると階段があるのでその2階が銀輪です」と、言われた。黒い扉に何も書いていないので、開けて入るには勇気がいる。階段を上ったところの部屋の扉が開いていて、数足の履物が脱いであった。中を見ると、自転車が有る。 「間違いなくここだ!」 そっと中に入った。一人の青年が自転車を見ているが、振り向きもしないので店主ではないようだ。左側の少し奥まったところで、コンピューターに向かって何かしている青年がいる。爺っつぁんは声を掛けた。すると、「ゆっくりご覧下さい。私は一人で何もかもしているので、もし聞きたいことがあればいつでも声を掛けてください。」 そして彼は再びコンピュータに向かった。爺っつぁんは、十数台並べられているサーリーのみを見て回った。完成車もあるので、サーリーの雰囲気はほぼわかる。爺っつぁんが見たいと思っていたのは、ロング ホール トラッカー(長距離輸送のトラック運転手)という自転車だ。それが見当たらないので、店主に聞いてみた。すると、そこに掛かってますから、と、窓際の天井を指差した。心なしかホイルベースが長い。乗り心地も良さそうだ。そこで店主に、爺っつぁんの脚力は弱いこと、いつでも気楽に乗れ、楽しく乗れて耐久性のあるバイクとしてロング ホール トラッカーを考えていることを話した。その青年は自転車の楽しさをとつとつと話した。知らず知らずのうちに爺っつぁんは自分の希望を話していた。その間も話しながらコンピュータに向かっていたが、しばらくするとお茶を入れてくれ、向き合って話し合っていた。そして爺っつぁんは思った。この青年は無欲で仕事をしてるな、と。高価なものは要らない、必要があればそれを付ければ良い、と言うのが彼の言だ。そして、クロス チェックと言う自転車についても話が及んだ。そのとき彼は言った、「それをもつなら今ある全ての自転車を処分されればどうですか」と。それを聞いて爺っつぁんははっとした。この男、信用できる、と。 爺っつぁんは名刺を出した。彼の名刺には**無我と書かれていた。彼は坊主なのか?それは定かでない。聞いていないのだから。 ロング ホール トラッカーを組み立ててもらうとして、見積もりは?と聞いたところ、数分待って欲しい、という。既に爺っつぁんの要望は全て聞き入れていたのだ。 爺っつぁんは、無我青年が好きになった。すぐに注文した。10日ほどで出来上がりますと言う。そして昨日、今日とメールがきた。シフトのWレバーが9月中旬まで入らないと言う。待ち遠しいが仕方ない。全ては彼に任せているのだから、出来上がるのを楽しみに待つことにする。 爺っつぁんの弟子にも素晴らしいのもいるがこの青年との出会いも、爺っつぁんの心を和ませてくれた。いずれサーリーのロング ホール トラッカー(長距離輸送のトラック運転手)が手元にきた時、その詳細を報告することになるだろう。
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